オレンジ




「死にたかったの?」
私は彼にそう尋ねた。

「違うよ。」
彼は、少し考えてからそう言った。

「なんだ、私と一緒かと思った、でも私も、死にたくて腕切ってるわけじゃない、かもしれない。」
私は頭の中で色々考えながら答えた。

「でも、私とあなたは違いそうね。」

私はそう言った。

放課後という時間はこうにも奇妙だ。
起こるはずのないことが起こったり、学校内で行われる学校外の時間というのは、やはり不思議だ。
太陽も西に傾いている。風が廊下の窓へと続く。
教室から感じる放課後というものは、一つの違う時空に飛んでるような錯覚に陥る。

だから普段会話しない彼と今喋ってるのかもしれない。

私は家に帰りたくなくて、仕方なく教室に残っていたら、作業をしている委員長の彼も居残っていて、そこで私も彼の作業を手伝っている。

こんな事、聞いていいのか分からないけど…
沈黙の中、私は溢れるように呟いた。
「なんで、切ってるの?」
「あ、別に話したくなきゃいいんだけど…」
「でも、あなたが切ってるのは凄く、なんというか、不思議で、意外というか。」
「私も切ってるから、何か分かることがあるかも、とか、」
「あ、なんか、1人で喋ってた。ごめん。」

大丈夫だよ、と彼は笑った。

またこれだ、彼はいつも笑う。
彼はいつもニコニコしてるイメージがある。
一見、なんの違和感もなく、この人は温かい人なのかなって思ったりする、でもよく観察すると
そこに陰や闇が潜んでいる、気がするのだ
分かる人にしか分からないような。

笑ってる数ほど、その闇は大きく底がなく深い。
その闇が紛れもなく隠れていることが怖く感じる。
彼からはその妙な陰を感じる。
だから、腕の傷を見た時一瞬びっくりはしたが、どこか心の奥で納得している自分もいた。やっぱり、というような…
でも、そうはいってもやはり違和感でしかない。
それだからか、彼の笑顔はどことなく残酷に感じる。残酷で華麗で、暖かくて…
こんなに笑顔が似合う人は他にいないだろう。

彼の顔を見ながら考え事をしていたそうで、彼が不思議そうな顔でこっちを見て来た。
「あ、ごめん、私、ボーッとしてたみたい。」
慌てて私はそう、答えた。

「俺ね…。」
彼からそう、切り出した。
「君みたいに、死にたいわけでも生きたいわけでもないんだ。」
「自分って、凄く中途半端で。何処にいても、そこには存在させてくれないような気がして。」

何を言っているんだか、私にはよく分からない。

「彼は、傷は俺の象徴だと言った。何と無く分かるようなそうでないような…」
「今まで存在している事を自覚出来なかった。でも、彼に出会ってから、自分は彼のために存在してるんだと思えるようになった。だから、この傷は、その証なのかもしれない。」

彼、とは誰なのか…この人は何を言っているのだろうか…
私はキョトンとしてしまった。

「つまりね、俺も君と同じかもしれない。そうでないかもしれない。はは。」

また、彼は温かい笑みを浮かべた。
なんだろう。この笑顔を見ると何処か安心できる。

「私もね、そう思う。」

私も笑顔で答えた。

何も分からなかった。でも、何処か安心出来るような、何か細い糸で繋がっているようにも感じた。
それだけで、心は満たされた。

なんだ、これで心が満たされるのなら、私は腕を切らなくてもいいのかもしれない。
でも、やっぱり、難しいな。
今日、彼と話せてよかった。

太陽は2人きりの教室をますますオレンジに染めた。