分かち合う



情を入れてはいけない。


これは、ルールだ。

汚れなきふたりが、ギリギリの関係を保っていくための、ルール。


認められようと考えた瞬間

そのふたりの世界は滅んでしまう。


でも人間なら誰しも、生きていくために誰かに認められたいと思うのは、生理的な現象である。当たり前のことだ。

弱くて愚かな生き者なのだ。


嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い


今日もこの言葉を聞きながら生き絶えそうになるのを耐える。

彼のその言葉は聞き慣れた。だからもう、良いんだ。


我慢したら、大丈夫?今日も頑張ったね、と、優しく抱きしめてくれる。

だから、どんな事も頑張れる。耐えてみせる。

死ねって言われたって、家族に認められなくたって


"例え、君が俺を嫌いだって"


爪だって剥いでみせる。

虫だって食べてみせる。

トイレに顔を突っ込んでみせる。

命令された事は全部受け入れる。


俺は何をやっても死なないし、死ねないから。

一瞬でも死んだ方が幸せかもしれないと、何度か思う。


弱いから、誰もが思ってるほど強くないから、だから、そうするしかないんだ。



でも、今日は…


「ねぇ、いつもみたいにさ、抱きしめてよ…。」


「は…?何考えてるの、そもそも、ルールがあるだろ、僕たちの…。」


待って、待って……、ねぇ。


「な、なんで…。」

なんとなくわかってる、わかってるけど。


「飽きた。君って何やっても物欲しそうにするんだもの、やり甲斐がない。もう君がいなくても、生きていける。」



そんな…………。


そう、俺はルールを破ってしまっていた。

取り返しがつかなくなった、どうしよう。



「俺は……。君のためなら、何だってやってみせる。」


そこに散らばってる刃物の中から適当に刃の向いた錆びてるカッターを持った。

そして


ビチャ、、、

ビチャ、ビチャ、ビチャ


ピシャッッッッ


自分の左手首を斬り始めた。

何度も何度も、繰り返し繰り返しカッターに力を入れ、手前に引く作業を繰り返す。


彼の頰に血飛沫が飛んだ。

彼は驚いて、その場で動きが止まった。

自分から目を離さなくなった。

目が真っ白になっているように見えた。

命令以外で自分を傷つけたのは、初めてだ。


痛い、痛い、痛い


斬った直後に、神経が空気に触れた傷口に染みて、あり得ないくらい痛くてビリビリしたものが手首に残る。

濃く赤くどろっとした液体が腕に、地面に滴った。


でも、斬るのをやめなかった。


「俺は、何だってやってみせる。君の心を満たすために、楽しませるために、何だって、何だって、やってみせる。」



ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ウキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ


もう、何も、俺は、怖くないんだ、そうだ、そのはずだ。

なのに……。



「だから、嫌いなんだよ。」


その言葉を捨て、彼は去っていった。



俺は、その場で倒れこむように座った。

脚に力が入らなかった。



馬鹿らしくなった。

涙が溢れてきた。止まらなかった。


何度斬ったって、何度も何度も斬ったって、こころは満たされなくなっていた。



どこに向かっているのだろう。

分かち合うってこんなにも難しい事だっけ。