よわむし。


僕は、いい奴にもわるい奴にもなれなかった。

ただの「弱いやつ」でしかなかったのだ。

無力で無価値でしかもすぐいい気になる。余計な感情は、虫より頭も悪い。

そんな僕には「弱虫」という言葉がお似合いだ。


虫、虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫。


今日もこの文字を顔に書いて僕は、学校に行く。

目に見えないナイフ、それはあまり慣れない。

きっときっと、誰も僕のことを認めてくれない。認めてもらえないのだ。だって、その刄は僕にしか見えないのだ。幽霊を信じてもらえないのと同じだ。


本当は、本当は脚が折れてるのに。手が千切れてるのに。誰も、僕のことを、辛いね、とは言わない。

だって、脚は折れてないし、手はちゃんと付いている。

どこからどうみても、健康な身体つきだ。


だから皆は、口を揃えてこういう。



弱虫、と。


まあ当たり前だよね。

この世の中の真実なんか、目に見えるものではないことは、誰もが分かっているはずなのに。

目に見える確かなものでない限り、誰も信じるわけがない。そんな誰でも分かる当たり前に僕は、シネの二文字でしか片付けることが出来ない屑野郎なのだ。


そうか、ならば、手が無ければ、脚がなければ、目が見えなければ、僕は、僕は、みんなに認めてもらえるのかもしれない。


僕は今日も、シャーペンを右手に持ち、自分の目玉にそのままぶっ刺した。


ぐぢゅぐぢゅ、と、目玉の肉の中を裂くように、無理矢理押し通した。

どす黒い血が、ドバドバと溢れてくる。


これで、これで、認めてもらえる。

だって、これなら、犬でもわかるだろ?


僕の欠けた心は、大量の血で満たされた気がした。




ひとひら


僕の目の前に一枚、桜の花びらがぴらぴらと回転しながら美しく舞い落ちた。


僕は突然、どうしようもなく胸が苦しくなった。

苦しくて、途方に暮れた。


僕は、生きてる幸せを感じたかった。噛み締めたかった。それだけなのに、それだけなのに。

何でこんなに、苦しくなるのだろう。

何もかも自分じゃない。

でも、自分だと認めざる終えないのだ。


桜の優しい薄桃色はとても、真っ直ぐで、素直で、僕にはあまりにも似合わない。


虚無感。

5月に散る桜は、僕を寂しくする。

僕は、暗い終わり無い迷路の中でひとりぼっち。

僕を、僕をどうか、独りにしないで。

あまりに寂しくて、息が出来なくなるくらい胸が締め付けられて、死んでしまう。


紙が千切れるように胸が痛むので、耐えきれなくて、僕は大声を上げた。

ひたすら、叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

僕はずっとずっと永遠に連なる桜の木の道を、体の中の内臓を全部吐き出しそうになるくらい叫びながら、全力疾走した。僕の視界は涙でピンク色にぼやけた。

涙が落ちても、花びらが額をくすぐっても僕は構わず、ずっとずっと叫んだ


桜の花びらで埋まる道を、思いっきり踏んづけながら僕は、止まることなくずっと走っていった。



水色。

水色。

水色。

水色。


桃色が霞む、淡い水色。


何処を歩いても、どの建物に入っても、その水色はいつ何時、オーロラのように浮遊している。


溢れる水玉はプカプカと、弾けることもなく上へ上へ湧き上がる。


全てが最初に戻る。

全部全部、新しくて新鮮。


水色。



それは、夏が近づいてることを教えてくれるのだ。