独りぼっち


彼は血が好きみたいだ。

俺の血を見て、それを舐めて、味わって、興奮している。

その他にも、生き物の悲鳴とか、生き物が痛みに耐えてる姿とか、好きらしい。

だから、俺はその道具としてしか見られていない。性処理道具。

でもいいんだ、自分という人間が否定されないだけ、幸せなんだと思う。


「他人が不幸になった方が幸せ。」

彼は当たり前のように、そう言った。

もちろんそんな言葉、周りからは煙たがられる対象となった。

皆んな彼を嫌な目で見る。

あいつ、嫌なやつだって。

彼は、間違ってるって。

でも俺は、そうは思わなかった。

きっと、誰だってそんなこと思ったり、一度でも世の中や人生をクソだと思ったりするはずだ。

誰もが思う事なのに、皆否定するんだ。

そんな事思った事もない、そんな考えは突拍子もないとでも言うように。


皆んな、嘘つきだ。

誰もが、幸せをアピールする。

等身大より大きくなろうとする。

正論の中だけで生きようとする。

自分を偽ってまで、そうするのだ。


だから、僕は彼の言葉に心を打たれた。

彼は、強いと思った。

だから、独りぼっちなんだ。

凄く、寂しいのだ。


どうして誰も気づいてあげられないのだろう。

彼は、孤独なのに。

最も人間らしいのに。

いつも1人で戦ってる。

だから、支えてあげたい。

力になりたいのだ。


ありのままでいてほしいから。


よわむし。


僕は、いい奴にもわるい奴にもなれなかった。

ただの「弱いやつ」でしかなかったのだ。

無力で無価値でしかもすぐいい気になる。余計な感情は、虫より頭も悪い。

そんな僕には「弱虫」という言葉がお似合いだ。


虫、虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫。


今日もこの文字を顔に書いて僕は、学校に行く。

目に見えないナイフ、それはあまり慣れない。

きっときっと、誰も僕のことを認めてくれない。認めてもらえないのだ。だって、その刄は僕にしか見えないのだ。幽霊を信じてもらえないのと同じだ。


本当は、本当は脚が折れてるのに。手が千切れてるのに。誰も、僕のことを、辛いね、とは言わない。

だって、脚は折れてないし、手はちゃんと付いている。

どこからどうみても、健康な身体つきだ。


だから皆は、口を揃えてこういう。



弱虫、と。


まあ当たり前だよね。

この世の中の真実なんか、目に見えるものではないことは、誰もが分かっているはずなのに。

目に見える確かなものでない限り、誰も信じるわけがない。そんな誰でも分かる当たり前に僕は、シネの二文字でしか片付けることが出来ない屑野郎なのだ。


そうか、ならば、手が無ければ、脚がなければ、目が見えなければ、僕は、僕は、みんなに認めてもらえるのかもしれない。


僕は今日も、シャーペンを右手に持ち、自分の目玉にそのままぶっ刺した。


ぐぢゅぐぢゅ、と、目玉の肉の中を裂くように、無理矢理押し通した。

どす黒い血が、ドバドバと溢れてくる。


これで、これで、認めてもらえる。

だって、これなら、犬でもわかるだろ?


僕の欠けた心は、大量の血で満たされた気がした。




ひとひら


僕の目の前に一枚、桜の花びらがぴらぴらと回転しながら美しく舞い落ちた。


僕は突然、どうしようもなく胸が苦しくなった。

苦しくて、途方に暮れた。


僕は、生きてる幸せを感じたかった。噛み締めたかった。それだけなのに、それだけなのに。

何でこんなに、苦しくなるのだろう。

何もかも自分じゃない。

でも、自分だと認めざる終えないのだ。


桜の優しい薄桃色はとても、真っ直ぐで、素直で、僕にはあまりにも似合わない。


虚無感。

5月に散る桜は、僕を寂しくする。

僕は、暗い終わり無い迷路の中でひとりぼっち。

僕を、僕をどうか、独りにしないで。

あまりに寂しくて、息が出来なくなるくらい胸が締め付けられて、死んでしまう。


紙が千切れるように胸が痛むので、耐えきれなくて、僕は大声を上げた。

ひたすら、叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

僕はずっとずっと永遠に連なる桜の木の道を、体の中の内臓を全部吐き出しそうになるくらい叫びながら、全力疾走した。僕の視界は涙でピンク色にぼやけた。

涙が落ちても、花びらが額をくすぐっても僕は構わず、ずっとずっと叫んだ


桜の花びらで埋まる道を、思いっきり踏んづけながら僕は、止まることなくずっと走っていった。



水色。

水色。

水色。

水色。


桃色が霞む、淡い水色。


何処を歩いても、どの建物に入っても、その水色はいつ何時、オーロラのように浮遊している。


溢れる水玉はプカプカと、弾けることもなく上へ上へ湧き上がる。


全てが最初に戻る。

全部全部、新しくて新鮮。


水色。



それは、夏が近づいてることを教えてくれるのだ。